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まりん
まりん
相双地区から原発事故により避難しています。 愛護団体さんに保護された愛猫と共に生活中。

2012年03月20日

気付けばお彼岸。


相双の皆さん、こんにちは。


今日は訪れたどのお店でも仏花を置いていました。気付けばお彼岸でした。



故郷にお墓を残してきた方も多いと思います。我が家もお墓を故郷に残してきました。両親は健在ですが、大切な家族が眠っています。


例え位牌が手元にあっても、お墓参りに行ってお掃除をして花を飾って…そういった事が出来ないのはやはり悔しいです。




ふと、我が家のお墓の近くに、小さなお地蔵様だけが立っているお墓がある事を思い出しました。訪れる度に、お母様の手作りでしょうか、帽子を被っていたり、前掛けをしていたり…見るととても穏やかな気持ちになりました。


  
Posted by まりん at 17:10Comments(0)TrackBack(0)東日本大震災

2012年03月14日

いわき市に「仮の町」構想

相双の皆さん、こんばんは。


今朝の新聞で、気になる記事を見つけました。皆さん既にご存知かと思いますが…





↓↓↓↓↓





いわき市に「仮の町」構想…大熊町が16年めど


東京電力福島第一原子力発電所事故で全域が警戒区域に指定されている福島県大熊町は13日、同県いわき市かその周辺自治体に町役場や学校などを一時的に移す「仮の町」構想の素案を公表した。

2014年をめどに拠点を決め、16年までに役場などを開設する。原発が立地する同県双葉郡内では、双葉町や富岡町でも同様の構想が浮上しているが、具体的な移転先や時期が示されたのは初めて。

原発事故後、大熊町は同県田村市を経て、昨年4月に会津若松市に役場機能を移転。今年2月29日現在、全町民1万1435人のうち、同市の3371人、いわき市の2633人など8050人が県内で避難しているほか、全国46都道府県に3366人が散り散りになっている。

素案は、13日に開かれた町復興計画検討委員会で示された。14年頃から移転先で街づくりに取りかかり、学校や、現在会津若松市で行っている役場機能は16年度から「仮の町」に移す。この間町民には「仮の町」への移住を継続的に呼びかけ、20年頃から大熊町への帰還を目指す。16日の委員会で正式な計画として決定し、今月中に全世帯へ計画を郵送して伝える。


(2012年3月13日23時07分 読売新聞)


↑↑↑↑↑


転載は以上です。






う~ん…私はまだ上手く想像がつきません。なんだか、2016年辺りには、各々生活の形が決まってきてしまうのでは…と考えてしまいます。もちろん否定する訳ではないです。地域の繋がりって大切ですし、私もいずれいわき市に移るかもしれないので。

どうなるかはまだまだ分かりませんが、色々大変なこの出来事の行く末を見届けたいものです。

  
Posted by まりん at 21:43Comments(0)TrackBack(0)東日本大震災

2012年03月13日

フジテレビの小倉キャスター

相双の皆さん、こんにちは。






先日(昨日だったかな?)、フジテレビの朝8時からの番組で小倉キャスターが浪江町請戸からの生中継をしていました。



ノーマスク、ノー防護服、ノー帽子といった、いたって『普通』の出で立ちでした。






無意味に胸打たれてしまいました。

(※私も前回の一時帰宅ではマスクしかしませんでしたが(笑))





いつだったかは忘れてしまいましたが、多分、4月~5月辺りだったと思います。小倉キャスターが、相馬側の原発20キロ圏手前の検問所からの中継でも、防護服やマスク無しでリポートしていた姿を覚えています。




何故小倉キャスターが(私が見る限り)いつも防護服を着ていないのか、その意図は分かりませんが、やっぱり、言葉に表す事の出来ない感情が湧いてきます。
  
Posted by まりん at 21:02Comments(4)TrackBack(0)東日本大震災

2012年03月11日

まだ一年、もう一年。


相双の皆さん、こんにちは。


今日は私達にとって特別な1日となりますね。






あれから1年。皆さんにとってこの1年は、長かったですか?短かったですか?





私は、よく分かりません。初めは、避難しているという実感もあまりありませんでした。

徐々に、あぁ、なんだか大変な事になっているんだなという感じでした。





けれど、当日やその近辺の怖さや動揺する気持ち、不安感などは、よく覚えています。




生活は安定してきているような気がしますが、実際、私達は前に進めているのでしょうか…

まだまだ、答えは出そうにありません。

  
Posted by まりん at 12:58Comments(2)TrackBack(0)東日本大震災

2012年02月26日

一時帰宅を控えて思う事

相双の皆さん、こんにちは。


水曜日、一時帰宅に行ってきます。
私にとっては3度目の一時帰宅となります。あらかた必要なものは持ち出してきたのですが、やはり、機会があれば自宅に帰りたいので、今回も行ってきます。

お米を庭に出して…出来れば未開封の冷蔵庫もまるごと庭に出したい気分です。





今回、わずかではありますが、ペットフードも持参します。先日ホームセンターで購入しました。
愛護団体さんの情報によると、やはりまだペットは数多く残されている状況です。
私も猫がいて、そして愛護団体さんに保護をして頂いた手前、とても他人事とは思えません。小さな力かもしれませんが、それでも少しでもお腹を空かせた子達に何か出来ないかと思う次第です。
前回は白い猫を見かけました。誰かが置いたであろうスナック菓子を夢中で食べていました。犬は見かけませんでした。けれど、今回は犬用と猫用のフードを買い、もし見かけたらその近くに、見かけなかったら目立つ所にフードを置いてくるつもりです。


我が家のマリンは、以前は外も出歩いていました。
室内飼いになり、外に出られなくなってからだいぶ経ちましたが、未だに外を眺める日々が続いています。本当に、可哀想な事をしてしまったと思います。けれど、これは私のエゴです…やはり、命あって、そして一緒に新しい場所で過ごせる事を私は幸せに感じてしまいます。

ベランダから、窓辺から、いつも外を見れるように極力気をつけています。


遠くを眺めるマリンは、何を思っているのか…


  
Posted by まりん at 10:38Comments(2)TrackBack(0)東日本大震災

2012年02月19日

一時帰宅についての不満


相双の皆さん、こんにちは。



今回はちょっと、三巡目の一時帰宅について書きたいと思います。


私の一時帰宅は月末29日にほぼ決まりました。
平日ど真ん中の水曜日。仕事をしている身としては辛い日です。


今回、大熊町が設定した一時帰宅の日にちは平日ばかり。土日はほとんどありませんでした。希望も聞かれずに決められました。
聞くところによると、双葉町はある程度の希望を聞かれたとか。
(出来れば土曜日でお願いします…等。)


新たに仕事を始めた人も多いと思います。県外に避難していて、一時帰宅の為に遠方から福島に向かう人もいると思います。
もう少し、一時帰宅の日程をどうにか考えてもらう事って出来ないのでしょうか…。


私は今回、無理を言って仕事をお休みさせてもらう事にしました。きっと最後ではないであろう(最後であって欲しくない)一時帰宅。今後もこのような事が続くとちょっと大変です。
三巡目ともなると、一時帰宅希望者は減ってきているのでしょうか。県外から一時帰宅する人は本当に大変です。私の場合はマイカーだし埼玉からの帰宅なので頑張れば日帰りでも行けますが、県外から電車やバスを使って駐屯地まで行き、更に一時帰宅もバスを使用となると、これはもう日帰りは無理ですよね。仕事をしている方にとって今回のこの平日だらけの一時帰宅の日程は辛いものがあると思います。


日程の変更について、(大熊町では)予め設定されている日ならば変更可能との事でしたが、もし他の日にちについても都合が付かない日ばかりだった場合は、一時帰宅を諦めるしかないのでしょうか…。私は例え持ち出すものが無くなったとしても、一時帰宅がある限り現地、そして自宅に行きたいと思っているので、次回はある程度の日程の希望もとって欲しいと思っています。日程を決める側の方達も本当に大変かとは思いますが、他の町では希望日をある程度聞いた…と聞くとなんだか理不尽です。




そこで、皆様にお聞きしたいのですが、富岡町や浪江町、広野町など他の警戒区域市町村での今回三巡目の一時帰宅の日程は、やはり平日が多いのでしょうか?また、双葉町のようにある程度希望する日を聞かれたりしたのでしょうか?
もし情報の提供など頂けましたら助かります。他の市町村の帰宅設定日や希望調査などの情報を集めて自分なりに考え、必要なら町に意見したいと思っています。


何か情報がありましたら、よろしくお願い致します。



  
Posted by まりん at 11:32Comments(11)TrackBack(0)東日本大震災

2012年01月14日

3度目の一時帰宅案内。


相双の皆さん、こんにちは。




昨日、3回目の一時帰宅の案内が届きました。警戒区域から避難している皆さんの所にも届いたでしょうか?

今回の案内では、「個人的に依頼した(引越し等の)業者の立ち入りが可能」との事でしたが…




警戒区域内に快く立ち入ってくれる業者が果たしてあるのか…





それが不安です。


しかも、業者さんに頼むほどの沢山の家財道具を、今の避難先に置く事は出来ません。貸し倉庫を借りる?親戚に預かってもらう?




持ち出したいものは沢山あります。アルバム、電子ピアノ、雛人形や五月人形、着物やその他の思い出の品々。でも、避難先に全ては収まりきれません。



電子ピアノや雛人形を親戚宅で預かって欲しい…電子ピアノなんかは子供がいる親戚宅に譲っても良い。ただ倉庫に缶詰にするより、弾いてもらえるなら、ピアノもきっとその方が良い。


でも、きっと警戒区域から持ち出したピアノを、小さな子供に触らせるなんで、どこの家庭でもきっと嫌だろうな…。








皆さんは、3度目の一時帰宅でどのように行動しますか?

我が家は業者はまだ未定ですが、私自身は休日であるならまた写真を撮りに参加したいと思っています。


  
Posted by まりん at 10:50Comments(4)TrackBack(0)東日本大震災

2011年12月14日

一時帰宅【7】 『室内で見た複雑なもの』

相双の皆さん、こんにちは。
久々に一時帰宅の事を書きます。



警戒区域の我が家の室内は足の踏み場もないほど散らかっていて、未だにそのままの状態です。
ガラスが割れ、本棚は倒れ、どれが必要でどれが不要なものか、全く分かりません。決して長くはない一時帰宅の限られた時間の中では必要なものを探すのに精一杯で、とても片付けにまでは手が回りません。




前回の一時帰宅で室内に入った時、ぐちゃぐちゃに散らかった部屋の中で、とあるカレンダーが目に入ってきました。



『福島さんちの2011年原子力防災カレンダー』




……凄く複雑でした。


でも、浪江・双葉・大熊・富岡・楢葉・広野の地図とそれぞれの特産品や名物名所のイラストはなんだか可愛らしくてほっこりしてしまいました。

  
Posted by まりん at 20:58Comments(2)TrackBack(0)東日本大震災

2011年11月06日

さいたまスーパーアリーナにて。

相双の皆さん、いかがお過ごしでしょうか?




先日、さいたまスーパーアリーナにて『コープフェスタ2011』なるものが開かれていました。
今回このフェスは、『東日本大震災支援フェスタ』となっていて、アリーナ内では埼玉県産品と同じくらい、それ以上に福島県産のものが扱われていました。


また、アリーナ外では同時に『国際フェア』が行われていて、世界各国の民芸品や料理が並んでいました。





私がついつい、可愛くて長居してしまったお店が、ロシアのお店でした。



↑↑↑
…携帯のカメラでの撮影です(笑)愛用のカメラは持っていきませんでした…。
ロシアといえば、マトリョーシカ☆これは可愛くて可愛くて、本気で買おうか迷いました…(悩んで悩んで結局買いませんでしたが)

このお店では名物、ピロシキとボルシチも置いていました!ロシア美女二人の店員さんも凄く優しくて綺麗で、しばらくおしゃべりしちゃいましたw








その後、メインのアリーナ会場へ。



『ゆったりが どっさり ふくしま相双』


その通りだっ!!(笑)
懐かしい名産品の数々!福島県産の野菜やお米(新米!)がずらりと並んでいました。私は福島のりんごを購入。(本当はお野菜もいっぱい欲しかった…!)







お昼は国際フェア内にあった懐かしの『なみえ焼きそば』を食べました!
…なんだか、以前よりも麺が更に太くなっていたような気がしましたが、改良されたのでしょうか?まるで焼きうどんのように太くなっていました(笑)でも食べ応え抜群!お肉ともやしというシンプルな具が私は大好きです!(更に辛党の私は一味唐辛子振り掛ける食べ方が本当に大好きです!)

今回は懐かしの味に出会えましたし、またなみえ焼きそばのところにいらっしゃった方達や、福島県産の商品を扱っていた方達も「どこの町から(避難してきているんですか)?」と来てくれたりして、話がはずみました。久々に家族以外の人と福島弁で話をしたような気がします。「そういえばさっき来た人は○○町だったよ!」とか、「○○町のあの辺か!」とか、本当に何気ない会話ですがそれが凄く懐かしくて楽しかったです。





また、会場では、北海道から手編みの『靴下カバー』を頂くことが出来ました。北海道の編み物が得意な女性達が集まって、色々な毛糸で、色々なデザインで一編み一編み作ってくれた暖かなカバーです。私もお気に入りの色とデザインのものを見つけて、頂いてきました。はじめは8人だった編み手の方。最終的に100人ほどになったそうです。これからの寒い時期に、本当にありがたいものを頂きました。お礼のお手紙を書こうと思っています。











アリーナ内で、大きな大きなポスターがありました。



凄く印象的でした。





さいたまスーパーアリーナは、双葉町の方達が一時避難していた場所でしたね。
とても広くて綺麗な会場でした。つい最近まで避難所だったとは思えない場所でしたが、避難生活をしていた方にとっては、懐かしの場所だったのでしょうか…。きっと、双葉町の方も来場していたと思います。


このような、県外に避難している被災者が集まれるイベントがまたあれば、是非行きたいと思います。





  
Posted by まりん at 16:48Comments(6)TrackBack(0)東日本大震災

2011年11月03日

自宅に帰ると拘束されるという現実


相双の皆さん、こんにちは。



今日は一時帰宅写真から離れて違う話題を…









先日、原発で作業している父からこんな事を聞きました。




同じく原発で作業している方が、仕事の合間を縫って警戒区域内にある自宅に寄って少しでも荷物を取り出せないものかと車を走らせ自宅に到着。

すると、通りかかった警察官に拘束されてしまったそうです。





自宅だと説明しても信じてもらえず空き巣扱い。

最終的に会社の上司が身元引受人として名乗り出てくれるまで拘束されたままだったそうです。






警戒区域内では、例え自宅でも許可なく入ると拘束されてしまうのですね…驚きました。


幸い私の家は空き巣被害には逢っていませんが(そもそも盗られるようなものはない(笑))、でも確実に空き巣…火事場泥棒の被害はあちこちでありますね。





パトカー巡回などは結構しっかりしてるのに、何故本物の空き巣はなかなか逮捕されないのかしらw

というか、警戒区域に設定されてからも空き巣被害はあるのでしょうか。



警戒区域になってからも被害があるようだったら、警戒区域設定も無意味ですね。必要ないものが制限されているだけですから。















一時帰宅の時、人が消えた町中で一匹の猫をみかけました。

誰かがあげたであろうスナック菓子を、痩せた体で一生懸命食べていました。







泥棒は御免ですが、もっともっと政府が積極的に動いてペット保護は出来ないものか…
県でも獣医などを集めて保護活動を行ったそうですが、全然、足りませんよ。

せっかく全国から動物愛護団体さんが力を貸してくれているのだから、政府公認で、検問所で無駄に沢山いる警察官一人でも付き添わせて入らせる事は出来ないのでしょうか…

とは言っても素人考えなので、空き巣被害が深刻だから難しいのかな、部外者を入れる事は…
(そう言ったら巡回している警察官も部外者か…)




残されたペット達を救うことは出来ないものか…心が痛みました。









何故こんな事になってしまったんでしょう…

  
タグ :警戒区域
Posted by まりん at 13:40Comments(0)TrackBack(0)東日本大震災

2011年10月25日

『PTSD』をご存知ですか?

相双の皆さん、こんにちは。

いつもいつも写真ばかり載せていますが、ちょっと気になる事があったので書かせていただきます。





福島県民を対象に健康調査が行われるという話が以前あり、皆さんもその健康調査の為に、思い出すのが難しいような調査票を書いたのではないでしょうか?
3月11日から、何時に何処にいて何をしていたか…移動手段、移動距離、移動時間や経路…。凄く大変でしたが、私はこの調査票が届く少し前に弁護士さんの説明会で頂いた「記録ノート」なるものに行動を事細かく書いていたので、それを参考にして健康調査票を書き込みました。

しかし、「記録ノート」に行動を思い出して書くのが本当に大変でした。頑張って書いた甲斐はありましたが、今後何かあったらその日から行動をメモでもなんでも残しておくべきだなと痛感しました。3月11日からの行動は、本当に家族全員で頭を悩ませたものです。










さて、先日新聞に載っていたのですが、その健康調査とは別に「心のケア」なるものも行われるそうですね。



『心的外傷後ストレス障害』という病気があるそうですが、この病気は通称『PTSD』とも言われているそうです。
この心の病気は災害や大きなショック、いわゆる「トラウマ」が関係してくるものだそうで、『うつ病』とは違う病気だそうです。


症状は、夜眠れない、集中力がなくなった、余震や、地震には関係なくても小さな揺れ動悸がする、またはパニックになる、等等…。




避難している皆様は、このような症状で悩んではいませんでしょうか?







私は正直、今でも夜はよく眠れません。3月11日の地震の時の夢も未だに見ます。また最近は、「大熊町に帰れるようになった!」という夢や、家の片付けをしている夢も見ます。朝起きると、なんだかやるせないです。

洗濯機の脱水中の揺れでドキッとしてしまった事もありますし、新幹線の駅が怖かったり、高い場所が怖かったり…


また、福島県を離れてからは精神的にも参るようになる事が多くなったように感じています。周りの人の流れに追いついていけないといいますか、みんな普通の生活を取り戻している事に違和感があります。私の時間は3月11日から1分1秒たりとも進んでいないです。

なにか足りないものを買う度に「家にはあるのにな…」という気持ちになったりもします。どんなに小額な出費でも、お気に入りだったものが家に残されていると更に悲しいです。




私の一番の心の引っかかりは、避難生活の先が見えないので一体何をすれば良いのか分からないという事です。





健康調査や心のケアがどのように行われていくのか分かりません。中には「福島県民をモルモットにする気か」と健康調査を拒否する人も出てくるのではとメディアは報じていますが、確かに、それも分かります。きっと健康調査のデータは今後参考として幅広く使われていくでしょう。







それより、精神的補償がだんだん減額されることに疑問を持っているのは、私だけでしょうか?

私個人としては、精神的にきつくなるばかりです。






ある方に、「東北の人は我慢強いってテレビで言ってるけど、本当ですね。ボランティアとかに行ってるんだけど、福島の人が怒っているの、見た事ないよ。」と言われました。


確かに私も我慢しています。

でも、我慢は体に良くはありません。





皆さんも辛い事があったら、県民を対象とした「心のケア」で是非ご相談を。なかなか精神科や心療内科の門を叩くのは勇気がいる事だと思いますので。(私もそうです。)









せっかくなので、埼玉の空の写真を。
福島に戻りたい気持ちは募るばかりですが、今はまだ我慢…。


  
Posted by まりん at 18:23Comments(4)TrackBack(0)東日本大震災